ライフプランニングサポート ブログ 【 村田 正一 - LPS BLOG 】

2010年1月ブログ記録一覧

節分

気がつくともう2月です。

一年が立春から始まる旧暦では、その大晦日にあたる3日が節分です。

中国の悪気邪鬼はらいの行事が日本に入って変化したもので、病や飢饉など恐ろしいものを鬼の仕業と見做し、豆をぶつけて邪気(おに)を払い、招福をします。

魔目(まめ)にめがけて豆を投げれば魔滅(まめ・・魔が滅する)。


大きな豆をたくさんぶつければ、この不況という鬼も退散してくれるでしょうか。

鬼は?外!福は?内!

福がいっぱいやってきますように。

小林繁投手

惜しまれる男がまたひとり、57歳という若さで逝きました。
私と同年代の野球ファンなら誰しもが知っているあの「空白の一日」。


あの事件以来スポーツに対する爽やかな感覚が薄れ、政治の世界を見ているようなもやもや感がずっと付き纏っていました。


それが数年前に当事者ふたりが対談したTVCMで掘り起こされ、今またクローズアップされることになりました。


第三者にとってさえやりきれない理不尽な出来事は、当事者の小林繁さんにとっては生涯の傷となったでしょう。

彼はしかし、愚痴も怒りも最後まで抱え込んだまま、表に出すことなく去っていきました。

彼が唯一意地とプライドを示すことができたマウンド。そこでの22勝こそが彼の胸の内を語っていたのでしょう。


私には真似ることのできない姿勢を貫き通した好漢。

ご冥福を心よりお祈りしたいと思います。

千代大海

国技とされる大相撲ですが、残念ながら平素は時間に追われてニュースで見るのがせいぜいです。


突っ張り相撲を得意とした千代大海は、悪童から暴走族という経歴を持ち、角界の番長と恐れられてきました。

九州一の不良少年と言われていた彼は、金髪に剃りを入れて元横綱千代の富士の九重部屋に弟子入りを志願したそうです。「頭をなんとかしてこい!」と一喝され、翌日丸刈りにしてようやく入門を許されたとか。


ワルが一喝されてすくみあがったというのも面白いですが、そんな男が相撲という厳しい世界に飛び込んだというほうが私には興味深い話です。


引退会見での彼は、 挑戦的だった顔つきが何とも穏やかな表情に変っていて、ひとりの人間の顔がこうも変化するのかと感慨深いものがありました。

「一つの目標を持てば人生が変わることもある。若い人にそれを伝えたい」
深いですね。大関在位一位という偉業を成し遂げた男の言葉だから、重いのです。


彼には、お疲れ様の言葉とともに引退後の活躍へのエールを送りたいと思います。

平城京遷都1300年

新年明けましておめでとうございます。


さて、今年は平城京遷都1300年に当たります。

710年に当時の女帝、元明天皇が奈良に都を築き、784年に桓武天皇が京の長岡京に遷すまでの74年間に亘って奈良時代が続きました。

「あをによし 奈良の都は咲く花の にほうがごとく 今 盛りなり」という歌も有名な万葉集や東大寺の大仏建造など、今も数多く残る文化財に平城京の見事さがうかがえます。


阿倍仲麻呂が遣唐使(留学生)として海を渡ったのもこの時代。
科挙の試験に合格し、唐で役人にまでなった非常に優秀な人物でしたが、幾度も帰国を試みるも海難のため果たせず、在唐五十余年の後当地で生涯を終えました。「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」彼の故郷への思いが伝わってくる歌です。


逆に、五度の渡航の失敗を味わいながら、失明してまでも唐から日本に辿り着いたのが、かの偉大な鑑真大和上。
仏教はもちろん建築や彫刻・薬の知識まで我が国に伝えてくれ、唐招提寺建立の後日本に骨を埋めました。


対称のようなふたりの、有名な史実ですね。


他にも、古事記や日本書紀など様々な文化の足跡を残してくれている古都。

この素晴らしい区切りの年をいい機会として、当時の天平文化に少しでも触れることができるよう実際に足を運ぶ、そんなゆとりのある一年にしたいと思っています。